④カメラワークイメージをVコンテにする

鈴木 さらに、僕が制作したカメラワークイメージを簡単なVコンテに起こし、林へと共有しました。最終的なカメラワークとは少し違いますが、このときはゲームのようなイメージで人をカメラが通り越したいと考えていたんです。ただ、ストーリーを追うようなスタイルの映像ならこの動きもアリなんですが、今回の場合は冗長になりそうだと感じたため、このアイデアはやめてグルーヴ感を重視して、人と人との間を潜り抜けていくようなもっと動きのあるカメラワークへと変更することにしました。







⑤公園でカメラワークをテスト撮影し、その場で編集・確認する

鈴木 Vコンテをもとに、公園で再度カメラワークをテスト撮影し、その場で編集を行いました。男女の間を8の字に潜り抜けていくような映像なんですが、iPhoneの機動性を持ってしても、間をカメラマンが通るのが難しく、撮影時は女性が画角から外れた隙に一歩後ろに引いてもらうなどの工夫をしています。

また、ここまでの気づきで、「iPhoneの機動性はとてもいい」「撮影機材として充分に使えそう」と感じていました。ルーズ目に撮っておけば後々編集で位置を合わせることもできるし、多少のズレはクラフト感の演出にちょうどいいと、ポジティブに捉えていました。


林さんが男女の間に入りこみながら撮影を行うため、画角外で女性役が後ろに引くなどの工夫をして該当カットを実現させた。






⑥本番撮影直前までサビのカメラワークを試行錯誤

鈴木 ただ、本番撮影の前日までサビ部分のカメラワークが決まらず、自宅の玄関でペットボトルを使ってのテスト撮影を繰り返していました。撮影当日に、キャストの加藤小夏さんにこのテスト映像を見せたんですが、「撮影当日の朝に鈴木監督から『このお水が加藤さんで…』と言われて理解が追いつかず、私の頭が狂ったのかと思った」とXで投稿されていました(笑)。


鈴木さんの所有するiPhoneで、サビ部分のカメラワークを本番前日まで試行錯誤した(0:55〜)。









iPhone撮影のメリット・デメリット

メリット

・Log撮影が可能に

⇨カラコレの自由度が大幅にUP

・ProRes撮影が可能に

⇨プロ品質の映像画質に

・USB-CによってSSDへの直接移行が容易に

・Blackmagic Camera アプリによる詳細設定が可能に

・軽く、機動性が圧倒的に高い

・レンタルコストが他の機材よりも安い

・日常的に使用しているため、操作への障壁が少ない



デメリット

・ボケ感はほぼ出せない

⇨1カットずつの尺が短く、シチュエーションを一瞬で認識してもらいたいため、ボケ感は必要ない

・暗所などの一定の条件下において、通常のシネマカメラと比べてノイズが多い

⇨編集段階でフィルムグレインの質感を入れるため、問題ない。照明環境次第では綺麗に見せることも可能

⇨暗所パートのみ、ソニーFX3を使用



iPhone 15 Pro Max

本企画を実現する上で、「機動性」という最も大事な観点と「1カットずつの尺が短いため、質や動きの粗が見えにくい」という観点から iPhone 15 Pro Max をメインカットに採用。



ソニーFX3

冒頭やラストの暗所シーンは、iPhoneでも撮影できるが、ルックのクオリティが低く感じたため、結果的にソニーFX3で撮影した映像を採用した。


当初はFX3での画も半分ほどある想定だったが、iPhoneでの検証を進めていく中で上記のようなメリット・デメリットが予想され、その上でほとんどのデメリットをクリアできると判断。iPhoneでの撮影をメインとして進める形に変更された。



撮影に最適なカメラ機材・アプリについて

ソニーFX3



iPhone 15 Pro Max



SmallRig iPhone 15 Pro Max用モバイルビデオキット(デュアルハンドヘルド)




SmallRigスマホビデオリグキット。iPhoneを2台取り付け、プレイバックしながらの撮影をするために使用。上に取り付けたiPhoneでテスト映像を流しながら撮影することで同じカメラワークを目視確認できる。また、2台のiPhoneを使用することで、万が一収録本体機が壊れてしまった場合のバックアップにも使える。






初期のテスト撮影時は、簡易的に2台のiPhoneを固定していたがガタつきが多く、手ブレに繋がってしまった。



金属製のパーツに変更することで上のiPhoneをしっかりと固定することに成功。また、ワイドレンズ、可変NDフィルターを繋ぐアダプターは自作したものを装着している。




可変NDフィルター

マグネット式の可変NDフィルターはSmallRig x Brandon Li スマホビデオキットのものを使用。




Moment ワイド18mmレンズ

標準レンズに外付けのワイドコンバージョンレンズを装着。また、そのままNDフィルターを装着するとケラレてしまうため、レンズフードの四角を削ってフィルターを近づけている。



レンズによる見え方の違い。本来であればiPhoneの広角レンズを使用したかったが、暗所ノイズが酷いため、標準レンズにワイドレンズを装着することで対応した。




自作アダプター

ワイドレンズがフィルターに非対だったため、3Dプリンターを使用しアダプターを自作している。



FlashPrintで林さんが制作した3Dプリンター用のアダプター設計図。オレンジ色の側面部にプレートを接着し、マグネットでフィルターを着脱できるように設計されている。




撮影アプリ

Blackmagic Camera

収録にはBlackmagic Designのカメラアプリを使用。絞りはレンズによって固定だが、それ以外の細かい設定をすることができ、LUTやプロキシの同時収録などにも対応している。LUTに関しては、『DH LUT』という林さんオリジナルのLUTを使用している。






25パターンものシチュエーションで撮影

2日間の撮影で大量のスタイリングを用意

鈴木 できるだけ多くのシチュエーションを撮影するために、Pinterestなどでアイデアのベースとなるリファレンスを探し、それをもとに僕が撮影シチュエーションを選定していきました。

その資料をもとに、スタイリストさんには2日間の撮影で使用する大量のスタイリングを用意してもらいました。

最終的に、シチュエーションとしては合計25パターンもの撮影を行いました。



選定したシチュエーション

・クラブ

・抽象空間(黒)

・抽象空間(白)

・海辺

・通学路

・ベッドルーム

・都会シチュエーション

・屋上のような場所

・学校の教室

・オフィス

・繁華街

・路地裏

・歩道橋の上

・車の中

・自然の中

・桜吹雪の中

・雨の中

・白い布の中

・公園/駐車場



用意したスタイリング




撮影したシチュエーション

選定したシチュエーションと用意した大量のスタイリング案をもとに、最終的には25パターンにも及ぶシチュエーションを撮影した。




香盤表

プロデューサーの佐藤諒文さんが制作した撮影当日の香盤表。








撮影・編集

撮影の手順

上部に取り付けたiPhoneでガイドとなる音付きの映像を再生しながら撮影することで、カメラマン主体で演者と息を合わせながら、スピーディーに撮影することができる。また、カメラワークの確認なども容易に行うことができる。






編集の手順

1カ所目のロケーション素材のみで基盤となるタイムラインを作り、それに合わせて他のロケーション素材を乗せていく。この時点で被写体のポジションやスケール感のズレ、カメラワークのスピード感の違いなどはもちろんあるが、それらを作品特有の個性と捉え、活かす方向での編集を行なった。


最初に撮影した元となる映像




完成映像





撮影1日目の仮編動画

現場で仮編集を始めるエティターの菅野さん。撮影素材はAirDropでMacBookに送ることで、即座に編集が可能。



ガイド映像と最終的に完成した映像の比較。







中間パートではNeRFを使用

いかにも「NeRFを使った」というものではなく少し違った表現ができないかと模索した

鈴木 中間パートでは、iaiaiaの諸星さんと九鬼さんにNeRFを使った表現を加えていただきました。NeRFとは、様々な角度から撮影した複数の写真や動画から、3Dデータを生成するAI技術のことです。今回の場合だと、iPhoneで1枚1枚の写真にブレがないようゆっくり丁寧に撮影したものを、全て繋ぎ合わせて空間を構成していくようなイメージです。

また、生成AIの「Luma AI」を使用して3D空間にカメラパス(仮想カメラの動き)を描き、映像を書き出しています。そうすることで、NeRF独特のドローンのようなシームレスな質感をダイレクトに映像化できないかなと考えました。

とはいえ、NeRF自体が非常に流行っているものでもあったため、いかにも「NeRFを使った」というものではなく、少し違った表現ができないかとパーティクルを乗せてみたり、顔トラッキングをしてAIを使用したトランジション映像を生成したりなど、模索しながら最終的にいろいろな技法を全て混ぜ合わせて使用しました。



NeRFを使用したシーン

様々な角度から複数の写真(動画)を、ブレがないようゆっくり丁寧にiPhoneで撮影。全ての写真を繋ぎ空間を構成するイメージ。



Luma AI上で3D空間にカメラパスを描き、映像を書き出す。NeRF独特の質感をダイレクトに映像化することができる。




Luma AIからply(点群データ)形式を書き出し、Houdini(3DCGソフトウェア)で編集を行う。



点群データに動きをつけ、次第に空間が組み上がるような映像に仕上げていく。







iPhone撮影を終えてわかったこと

iPhone撮影の注意点

条件さえ整えてしまえばiPhoneは非常に優れた撮影機材になる

 実際にiPhoneでの撮影を行なってみてわかった欠点や注意点についても触れておこうと思います。

ひとつめは、メディアがない分データの重みに実感がなく、タップひとつで素材を消せてしまう点です。やはりiPhoneなので、素材を一気に選択して削除することができてしまいます。メディアも内部収録なので、通常であればメディアをケースに入れて、ロール番号を書いて慎重に制作さんにお渡しするというプロセスもないですし。便利である一方、注意しなければならない点かと思います。

ふたつめは、Blackmagic Cameraアプリを使用して撮影した素材をPremiere Proで編集後、カラーグレーディングのためにDaVinci Resolveで開いた際にFPSがずれてしまうことがありました。自分たちの設定自体に問題がなかったかも含めて、今後のiPhone撮影の機会に向けて検証していきたいなと思っています。

3つめは、先にも挙げた暗所に弱い点です。今回の作品に関してはそこまで顕著なデメリットではなかったんですが、やはり課題ではありますね。

最後に、やはりボケ味は全く期待できないという点が現状あります。ただ、本作では背景情報がかなり重要になる作品だったため、その点もメリットとして捉えることができました。

鈴木 言ってしまえば、そのくらいしか目立った欠点はないので、条件さえ整えてしまえばiPhone自体、非常に優れた撮影機材であるのかなと思いますね。





iPhoneの可能性は無限大

iPhone撮影を手段のひとつとして取り入れつつ往年の撮影技法を過去から学ぶことも必要

鈴木 シネマカメラとの差がiPhone 15以降急速に縮まっており、Blacmagicのカメラアプリなども含め「ボケないシネマカメラ」と言えるところまで来ているのかなと感じています。もちろん、NDフィルターをつけたりはしているのですが、実景撮影で風景などを撮るときは、もうiPhoneでもいいかもしれないとも思いましたね。

 iPhoneで撮影した素材をカラコレしている際、暗部からハイライトまでの情報がだいぶしっかりと詰まっていたので結果的に相当いじれたんですよね。それにはカラリストさんもすごく驚いていました。ただ、そのまま使うとどうしても生っぽい解像感のある画にはなってしまうので、カラコレで解像度を甘くしたり、フィルターを入れるなど、手を加える前提でボケない画を撮影する分には、iPhoneでいいなと感じる部分が正直かなりありました。

鈴木 また、iPhoneで撮影を行うにあたっては、制作体制が非常に重要だとも感じました。とにかく素材数が膨大に必要で、それが作品のクオリティに直結していくんですね。なので、iPhoneで撮ること自体に理解があり、全員が協力してスピーディーに撮影する必要があったときに、キャストも含め同世代同士でコミュニケーションの取りやすいチーム編成を組むことを特に重視していました。結果的に、作品作りに対して全員が前のめりでやれたのですごく良かったですね。

本作はiPhoneで撮影すること自体が目的の作品ではそもそもなかったのですが、僕らとしては今後も手段のひとつとしてiPhoneでの撮影を取り入れていきたいと考えています。少なくとも、Vコンテやプロトタイプ制作には積極的に活用すべきだし、才能ある方々がiPhoneを使うことでよりチャレンジしやすい世界になるのはすごくいいことだと思うので、身近な機材での撮影が若者や映像業界を目指す方々の後押しになればいいですよね。

ただ、その一方でフィルムカメラからデジタルカメラに移行したときのように、カメラそのものの構造を理解せずプロになる方も増えてきていきます。この流れ自体は不可逆ですが、往年の撮影技法はどんどんブラックボックス化していってしまうため、しっかりと過去から学ぶ意識も必要だと同時に感じています。そういった点を踏まえつつ、自分たち自身もiPhoneの活用方法について、さらに模索していければと考えています。